私は医師(循環器内科)で現在オーストリアに在住しています。昨日(2021年8月22日)、妊娠後期の妻に、コロナウイルスワクチンの(mRNAワクチン)接種をしてもらいました。妊娠初期である2021年4月頃には産婦人科主治医よりワクチン接種は止められていましたが、現在の状況を調べて、ワクチン接種に踏み切った経緯を共有させて頂こうと思います。
目次
コロナウイルスワクチンに対して抱えていた不安
私と妻がワクチン接種について、迷っていたのは、
ワクチンがお腹の赤ちゃんに悪い影響を与えるのではないか?
という不安があったからです。
2021年4月時点で産婦人科主治医から言われたのは、
「ワクチンが開発されて、十分に時間が経っておらず、母体や胎児への影響やなどについてのデータはない。また、ワクチンの適応に妊婦は入っていない事から、ワクチン接種は勧めない。」
という事でした。
また、今回のmRNA ワクチンは初めて使用された技術であり、私には専門知識や使用経験がないという事も妻のワクチン接種に対して消極的になる要因でした。
おなかの赤ちゃんへのワクチンの安全性
日本で、妻と同じ妊娠後期の方がコロナウイルスに感染し、入院施設がなかったため、自宅で出産する事になり新生児が死亡したという非常に悲しいニュースを耳にし、ワクチンについて再考しました。
まずは、mRNAワクチンが生ワクチンでないという事を確認しました。生ワクチンは妊娠中には使用できません。風疹ワクチンは生ワクチンなので妊娠前に接種するように勧められますよね。
さらに調べると、2021年4月以降、妊婦のワクチン使用の安全性についていくつか研究がなされ、安全性が構築されていっているようでした。
特に、重要な研究は2021年4月21日に、New England Journal of Medicineに掲載された、「Preliminary Findings of mRNA Covid-19 Vaccine Safety in Pregnant Person」という研究です。
この研究はアメリカの疫病対策予防センター(CDC)が主導で行っている、v-safeという、コロナウイルスワクチンを打った人をフォローしたデータベースを使用した研究です。
重要なのはTable4です。
ここに、ワクチン接種後妊娠を全うした827人の方達とその人たちの新生児の有害事象についてまとまっています。
つまり、ワクチンが赤ちゃんがお腹の中にいる間に悪い影響を出すかどうかです。
これを見ると、早産・在胎不当過小(週数に相応する体格よりもかなり小さく体格のまま生まれてしまう事)・先天奇形・新生児死の発症率は、ワクチンを打った妊婦では一般的な報告の範疇であった事が示されています。
ワクチンを接種した妊婦の98%は妊娠後期にワクチンを接種しています。
十分な症例数を集め、皆が知りたがっている事を示しており、非常にインパクトのある研究だと思います。
実際、New England Journal of Medicineは医学界で最も権威のある雑誌であり、信頼度・影響力が高いです。
また、妊婦へのコロナワクチンの有効性(コロナ感染率を低下させる)も示されていますし(2021年7月21日発表:Association Between BNT162b2 Vaccination and Incidence of SARS-CoV-2 Infection in Pregnant Women.)
妊娠中に作った母体の抗体が胎児に移行して、出生後の新生児を守ってくれると考える研究者もいるようです。(3月25日発表: Coronavirus disease 2019 vaccine response in pregnant and lactating women: a cohort study)
妊婦におけるコロナウイルスの脅威
調べていくうちに、重要な情報に行きつきました。
妊娠中(特に妊娠後期)はコロナウイルスに感染すると重症化のリスクが高いという事です。
4月29日に発表されているオーストリア産婦人科学会の声明で引用されているデータによると、コロナウイルス感染で入院した妊婦の5.7%が集中的な医学治療が必要であり、妊娠していない女性と比較し、1.62倍重症化しやすいです。
また、コロナウイルス感染によって早産のリスクが17%増加し、子癇前症のリスクも上昇するため、直接的な胎児への影響もあります。
妊娠の週数が経つほど重症化のリスクが高いので妊娠後期は特にリスクがあるというデータもあります。
以上の事から、約半年という短い間に急速に研究が進んだ事で、妊婦へのワクチンのリスクは少ない事が分かってきて、コロナウイルスに感染した際の危険が大きい事が分かってきたようです。下図のように、リスクの天秤はコロナウイルス感染の方が重いとの認識になっています。

現在の専門家による見解
このような状況を踏まえ、専門家の先生たちが医療の指針を作ってくれいます。現場で働く医師はこれらの声明やガイドラインを参考に医療を提供します。
まずは、アメリカ疾病対策センターですが、8月11日に更新されている以下のサイトにて、
「コロナウイルスワクチン接種は、妊娠中、授乳中、現在妊娠しようとしている人、または将来妊娠する可能性のある人を含む、12歳以上のすべての人に推奨」
とされています。
これに準じる形で8月14日に出された日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会・日本産婦人科感染症学会の共同声明では
「アメリカ疾病対策センター(CDC)は妊婦さんへのワクチン接種を強く推奨する声明を出しています。
わが国においても、妊婦さんは時期を問わずワクチンを接種することをお勧めします。」
とされています。(ちなみに、先日の新生児が死亡してしまったニュースはこの声明が出された後なので、ニュースの影響を受けた判断ではなく、科学的な根拠に基づいた判断となっています)
これは6月17日に出された、
「日本においても、希望する妊婦さんはワクチンを接種することができます。」という記載から、推奨レベルを上げたものになります。
私が住むオーストリアではオーストリア婦人科・産科学会が声明を出し、
「国際的な専門学会と同様に、重症化のリスクが高まることを理由に、妊婦へのワクチン接種を可能にする。オーストリアの予防接種計画においても、妊婦を優先して適応外使用が推奨される。」
とされています。
よって、世界的に妊婦はコロナに感染した時のダメージが大きく、ワクチンが安全である事が分かってきたので、優先度を上げてワクチン接種を行うという事になっているようです。
ここまでの情報でワクチン接種に踏み切る事は十分可能であると思われましたが、念押しで、友人の産婦人科医に現状を尋ねました。
そうすると、「妊婦へのワクチンの安全である事が分かってきたので、ワクチン接種を勧めている」と回答をもらいさらに安心する事ができました。
妻の質問とそれに対する私の見解
上記を調べたうえでも、用心深い妻はいくつか興味深い質問をしてきました。
①じゃあ何で12歳以下は打ってないの?
私の考え:妊婦と同様12歳以下のワクチン接種はワクチンが認証を受けた時には安全性のデータがなかったから、今も12歳以下の接種は正式には推奨されていないのだと思います。12歳以下へのワクチン接種についても研究が進んでおり有効性が示されている(2021年6月8日にファイザーが12歳以下のコロナワクチン大規模治験を開始しています)
よって、今後12歳以下のワクチン接種の安全性と有効性が確認されれば、推奨される事になると思います。
ただし、12歳以下の小児は重症化がまれな事が知られています。
一方、妊婦は重症化する事が分かっており、ワクチンの必要性が高かった、そのため12歳以下よりも優先的に研究が進んだんだと判断しました。
②結局、生まれた後の長期的なリスクについては何のデータもない
私の考え:確かに、ワクチンの使用が始まってせいぜい1年程度なので、観察研究からワクチンの長期的な影響を判断する事は不可能です。
mRNAワクチンについて少し勉強しました。
mRNAワクチンが体内に接種されると、注射部位近くのマクロファージに取り込まれ、スパイク蛋白を作ります。形成されたスパイク蛋白に対する抗体がつくられたりすることで免疫を獲得しているようです。
mRNAは人の細胞の核に入る事はできず、人の遺伝子情報を変える事はできません。
また、mRNAワクチンは接種後数日で分解されます。
よって、mRNAの機序からは理論的には長期的な影響はないとされています。
現状では、この理論に世界が準じており、この理論においては妊婦や胎児を特別扱いする必要性はないと思います。
③分かってないこともあるし、感染リスクが下がっている今、本当にワクチン打つ方がいいの?
ヨーロッパは一時コロナウイルスが猛威を振るいましたが、現時点ではある程度落ち着いています。ワクチンの接種率も高く、8月である今は皆バケーションに出かけています。
そこで、ここまで勉強して私が抱いたワクチンのイメージを妻に伝えました。
あなたは全財産が入った通帳とハンコを家の中に持っています。
最近、泥棒が頻繁に出現するようになっています。
泥棒は多くでる時もあれば、いなくなったように出なくなる時があり、出現頻度には波があります。
今まで泥棒が出たことがなったので、全員の家の扉には鍵がついていませんでした。
ただし、若い人たちは家の中に重たい金庫を持っていて、仮に泥棒が入ってきても、財産を奪われる事はなかなかありません。
逆に高齢の方の家には金庫もないので、泥棒が入ってしまうと高い確率で財産を奪われしまいます。
ここで、
家・・・自分自身
財産・・・命や健康
泥棒・・・コロナウイルス
金庫・・・ウイルスの高い撃退能力
です。
そして、家の鍵がワクチンです。
最近の見解で妊婦も金庫ももっていないことが分かりました。
泥棒はどの家に入ってくるか分かりません、またいつ増えるかも分かりません。
この結果、妻もワクチンを使用する事を了承してくれました。
あなたは家に鍵を付けますか?

まとめ
妊婦へのワクチン接種は利点が大きいと判断し、妻に接種を受けてもらいました。
コロナウイルスが妊婦を重症化させてしまうリスク(母体も胎児も危険です)が高い事とワクチンの短期的な安全性が示されている事、長期的な安全性は理論上担保されている事から、天秤の結果、ワクチン接種のベネフィットが高いと判断しました。
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